神奈川県横浜市に拠点を置く戸塚道場。剣道の技術指導だけではなく、人間教育にも力を入れています。合宿ではビジネスマナー講座も実施しているというのでユニークです。
現在の指導スタイル、人間教育の根底にあることを伺いました。
プロフィール
槌田 和博(つちだ かずひろ)
1971年生まれ、熊本出身。熊本県立阿蘇高等学校(現・阿蘇中央高校)卒業後、株式会社 三千和商工に入社。関東実業団剣道大会3位、全日本実業団剣道大会ベスト8。戸塚道場のジュニア指導を担当し、全国道場連盟大会3位(中学生)などの戦績を残す。剣道六段。
イメージや指導を正しく反映するための素地が「足さばき」
ーー槌田先生はもともと熊本のご出身ですよね。戸塚道場での指導にはいつから関わっているのですか?
10年ほど前に大人の部の稽古に参加したことがきっかけで、当時の会長さんに誘っていただき指導に関わるようになりました。
私は高校卒業後すぐに就職し、実は剣道とは距離を置こうと決めていたんです。燃え尽き症候群だったのかもしれません(笑)しかし、時間が経ち、道場で子供たちの純粋な気持ちに触れるうちに、どんどん指導にのめり込んでいきました。
ーー指導をする上で大切にしていることを教えてください。
まず、技術面で大切にしていることは「足さばき」です。
「剣道は、手はいつか直せる。ただ、足はそうはいかん」
これは、恩師である熊本直心館 坂本誠也先生の教えです。
強い道場には必ず核となる選手がいます。その選手の動きを真似て、チーム全体のレベルも上がっていくと考えています。子供の感性にはすごいものがあると思っていて、「かっこいい」と憧れると、それを見てどんどん吸収していくパターンを多くみてきました。
私の仕事は、子供が「こう身体を動かしたい」と強く望んだときに、それを実現させる素地を作ること。また、中高大学と成長し、違う指導者の元で剣道をする際に、その先生の教えや価値観を受け入れられるかどうかも足さばきにかかっていると考えます。
以前、ある保護者の方に「なぜ、そんなに足さばきの練習をするのですか?」と聞かれたことがあります。その疑問に対しては、このようにお答えさせていただきました。
「足さばきは、やればやるほど剣道が上手になるんです。料理の出汁のようなものですね。
時間をかければかけるほど良い出汁が出て、将来どんな食材(教え)が入ってきても、美味しい料理になるように必要なことなんです」
誰にでもわかりやすい言葉で、一人一人に合った指導を
ーー指導をする際に、気をつけていることはありますか?
誰が聞いても理解できるようなわかりやすい言葉での指導を心がけています。
あとは、厳しくした分、褒めること。自分の子供だと思って接することですね。
ーー子供の性格によって、褒めた方が良い場合と厳しくした方が良い場合があるかと思いますが、その点はどう考えていらっしゃいますか?
まず、その子の特性を見抜くことが大切です。なかには内向的な子供もいて、道場に来たものの泣いてしまうことがあります。そのときはまず、泣いている理由を聞きますね。泣いている理由が「お母さんと離れたくない」のであれば、まずはお母さんに近くに居てもらいます。泣きやんで、最後まで頑張れたときは、稽古の最後に「今日は頑張った子がいる。みんな拍手で褒めてくれ」と褒めます。
どんな子でも、絶対に強くなりたいと思って道場に来ています。だから、子供と会話をして、なぜ泣いているのか、何が嫌なのか、本当はどうしたいのかを聞くんです。そして、最後に「このまま泣いていても強くなれない」と少し厳しく伝えることで、子供もシャキッとする場面をよく体験しました。
ーーその子にとっては大きな成長ですね。
はい。今年、全国道場連盟の大会でベスト8に入賞した子は、小学校1年生の頃は体育館に入れない子だったんです。内向的で人見知り…実は、私もそんな子供でした。自分もそうだったから「焦らずゆっくりいこう」と言えるのかもしれませんね。
逆に、強い子が試合に負けて泣いた場合は、厳しく叱ることもあります。「今泣くくらいだったら稽古で泣きなさい。それくらい必死でやったのか?」と叱咤激励しますね。勝負に負けて泣いている気持ちの根底には負けず嫌いがあるので。
将来、社会に出たときに子供が困らない教育を
ーー技術はもちろんですが、戸塚道場の子供たちは礼儀正しく、持ち物も履物もきちんと揃っている点が印象的でした。
普段の生活も手を抜かずにきちんとすることで、将来社会に出たときに困らないようにしたいと考えています。
とはいえ、まだ小さい子供にはわからないと思うので、まずはこんな風に教えていますね。
「剣道場には剣道の神様がいます。一生懸命やっている子は剣道の神様が見ていて、試合で力を貸してくれる。逆に、手を抜こうとすると、その弱い気持ちも見ている。だから稽古は一生懸命やろう。大きな声で神様に『勝たせてください!』と訴えかけるくらいの気持ちで元気に稽古をしよう。ずるいことをしり、だらしないと、神様は助けてくれないよ」
ーー子供たちにビジネスマナーも教えていらっしゃるとも聞きました。
2022年4月から通称パワハラ防止法が中小企業でも義務化されました。他者を尊重することは非常に重要ですが、パワハラを恐れて部下や後輩を叱らなくなったり、指導や面倒を見る文化が今後、社会や将来企業内でなくなるのではと危惧しています。
いま道場に通っている子供たちが大人になったときに、最低限のマナーすらわからなくなるのではと考えたんです。
そこで、道場の夏合宿時はプロジェクターにスライドを映してビジネスマナーを勉強する時間を設けています。例えばこんな問題ですね。
「先生とお母さん、あなたの三人で部屋に入りました。あなたが座るところはどこですか?」
「先生とあなたと二人で、エレベーターの前で待っています。エレベーターがきました。
どちらが先に乗りますか?」
また、お箸の持ち方や魚の食べ方も教えます。これは、卒業生に感謝されます(笑)目上の方と食事に行ったときに「今時こんなことできるなんて」と驚かれるそうです。
このように、剣道だけではなく社会に出てからも役立つことを教えていきたいですね。
ーーそう考えるようになったのは、どうしてでしょうか。
私がこれまで習ってきた先生方の教えの影響が大きいですね。
直心館の恩師は、マナーや話し方にも厳しい方で、おかげさまで社会に出てからも恥ずかしい思いをせずに済んでいます。マナーだけではなく、自分の弱い心に負けない大切さも小さい頃から叩き込まれてきました。
こんな話をされたことがあります。
「君たちの心の中には、弱い心と強い心がある。じゃんけんの『グー』が弱い心、『パー』が強い心だ。ずるしたり、サボりたい弱い心が顔を出した時に、パーの心が勝つように常に自分で考えなさい」
ジャンケンでは、グーがパーに勝ちますよね。先生がこの話をするときは、子供にもわかるように、手で表現して、パーがグーを食べるんです。
ーー剣道道場には実にさまざまな年代の方が関わっています。コミュニケーションを取る際に、気をつけていることはありますか?
相手の考えを尊重した上で、自分の気持ちを伝える「アサーション」を意識しています。
アサーションはビジネスの現場でも注目されている手法です。保護者の方々とは、世代も価値観も異なりますので、古い価値観を押し付けることなく、相手を尊重してコミュニケーションを取るために勉強を始めました。
道場運営をしていると、本当にさまざまな価値観を持った人と接します。時には、批判をされることもあります。その時に、自分の感情とどう向き合い、コントロールするかを考える上でも、アサーションは有効です。相手の気持ちも尊重した上で自分の心も大切にしなければ、根本的な問題解決にならないと思うんです。
人の話を上手く聴いて、最適な方法を探るためにキャリアコンサルタントの勉強もしています。キャリアコンサルタントは、キャリアに悩む方々の相談に乗るための国家資格で、相談者が抱える課題を探り、導く手法を学びます。
剣道指導の根底に、直心館と阿蘇高校の教え
ーー幼い頃の剣道の先生の教えが、槌田先生の根底にあると感じました。剣道を始めたきっかけを教えてください。
幼い頃の私は、とても内気で気の小さい子供でした。幼稚園のバスにすら乗れなくて「これはまずい」と焦った母が「近所のお友達もやってるよ」と、剣道道場に通うことを勧めてくれたようです。
でも、小さい頃は剣道が嫌で仕方なかったですね。先生はとても怖いし、夕方に稽古があるので、学校で話題になっている夕方放映のアニメの話題についていけないんです。
ーー小学校時代の剣道で思い出深いことはありますか?
道場の恩師は、剣道だけではなく釣りやバーベキューなども企画してくださいました。
毎年必ずキャンプに行くのですが、トラックの荷台をステージにして、アカペラでみんなの前で一人で歌うんです(笑)おかげで、人前で話すことに全く抵抗がない人間になりました。
内向的な性格が変化したのは、道場の影響が大きいですね。
ーー阿蘇高校へ進学した理由は?
中学3年生の頃、阿蘇高校とPL学園高校の玉龍旗決勝戦の動画を観て、阿蘇高校に憧れを抱いていました。
ーーこの動画、めちゃくちゃすごいですね。
でしょ(笑)動画の中にも出てくる、次鋒の隻腕剣士 森政文さんに特に憧れていました。
ただ、本気で阿蘇高校に行こうと思ってなく、あくまで憧れだったんです。
そんなある日、小・中学の剣道の師匠の家に呼ばれ、のこのこと行ったところ、目の前に阿蘇高校の泉勝寿先生がいらっしゃいました。そして、こう言われたのです。
「君は阿蘇に来なさい」
テレビで観ていた大物監督から光栄にもお声がけをいただき、舞い上がりました。そして、阿蘇高校へ進学しなければならないような感じになりました(笑)もちろん、本意ではありません(笑)
当時の阿蘇高校は全寮制で、「勝てばレギュラー、負けたら寮から荷物をまとめて帰るように」と言われるような環境でした。「なにくそ」と踏ん張り、精神面を鍛え上げる鍛錬の日々でしたね。剣道の技術より、精神を強くする教育論だったと思います。生活面では、炭酸飲料とインスタントラーメンは禁止。
ーー高校生男子は、炭酸飲料もインスタントラーメンも食べたいですよね。
はい(笑)でも、おかげさまで体調面を考慮した食事の大切さを学びました。戸塚道場では厳しい稽古をしますので、体力がなければついてこれません。1日4食、7時間睡眠を保護者にもお願いしています。せっかく稽古に来ても、身体が動かなければ悔しい思いをするのは子供本人です。なので、稽古の前は必ずご飯を食べるようにとお願いしています。
また学生時代は「勝つためにはどうしたら良いか?」を自分で徹底的に考え「こんな技がいいのではないか?」など寮生活の食後から消灯までチームメイトたちと議論していました。追い込まれた状況でたくさん考えたので「考える力」も培われたと感じます。
ーー今のご指導にも活きているのですね。しかし、当時は燃え尽きてしまったと。
そうかもしれないです。有難いことに大学剣道部からスカウトもいただいていたのですが、就職の道を選びました。厳しい寮生活から解放され東京に来て、「自分のお金で自由を買うんだ」と誓った年齢でした。パチンコ、スロット、麻雀、ダーツ、ルアーフィッシング、ギター演奏…剣道はそっちのけで、何でもやりました(笑)
でも、その経験も今の自分に活きています。例えば麻雀。麻雀には「天運」と「地運」があります。天運とは持って生まれた運。対する地運は人に平等に与えられた運で、回ってくるものです。運が回ってきた時に勢いに乗れるかどうかで勝敗が決まることがあります。だから子供たちと試合にいるときは、運の流れも意識しています。
子供達に希望を与え、剣道を愛する気持ちを育成する
ーー今後の展望について教えてください。
「全国」と名の付いた大会で金メダルを取ること。日本国内にはジュニア剣道のためのさまざまな全国規模の大会があります。「全国」と名の付く大会でタイトルを獲れたら、嬉しいじゃないですか。勝つことで子供も保護者も幸せになって、剣道を続けて、学んだことを今後の人生で生かしてくれたら、こんなにも嬉しいことはありません。
何が正しいという議論にもなりますが、僕は正直なところ、剣道界で正しいと言われている「真っ直ぐな剣道」は大人になってからでもいいと思うんです。それよりも、子供達に希望を与え、剣道を愛する気持ちを育成することを重視したいです。
あとは、教え子たちが成人したら一緒にお酒を飲むこと。先日、20歳を超えた教え子のグループの飲み会に誘ってもらいました。とても嬉しかったですね。10名くらいいたのですが、あまりに嬉しくて最後、全て私が支払っていました(笑)教え子達がそれが目当てで呼んだとしても本当に嬉しかったです(笑)
これが、私の中で剣道をボランティアで教えるモチベーションかもしれません。教え子たちが立派に成人して、一緒にお酒を飲むことを心から楽しみにしている自分がいます。
今は、欲しいものがいつでも手に入る世の中です。24時間コンビニは開いていて、スマホを開けば欲しい情報がいつでも手に入ります。これからますます周りの大人たちは子供を叱らなくなるでしょう。周りは褒めてくれる大人ばかりになり、自分を見失う子さえも出て来るのではないかと危惧しています。
褒めてもらわないと欲求を消化出来ない…それで本当に自立した人間になれるかは疑問です。だから、剣道を通して自信を付け、コミュニケーション能力を身につけ、第三者に依存することなく、一人でも立派に生きていける人間になって欲しいんです。剣道には、その力があると今、とても実感しています。
構成・文=佐藤まり子
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[…] 強豪選手の多くは、小学生から剣道を始める。日本の小学校には課外授業がないので、剣道を始める子供たちは地元の道場に所属する(例:戸塚道場)。道場には、ボランティアで運営されているところもあれば、営利目的のところもある。中には、地元の警察署が主催している道場もある。剣道専用の道場を建てる余裕のある道場もあるが、ほとんどは地元の体育館(日本では一般的 にフローリング)を利用している。 […]
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